理物の能力

少し古い物理学会誌に1965年の東京大学物理系学科の高校力学の能力に関する言及があった。静岡の優秀な高校とフランスのリセと比較したものだ。


その内容は、おおむね良いものの意外とできない問題がある、というものである。
たとえば、二割の学生が微弱な摩擦のある氷の上で円盤を滑らせたときに運動方向に動力がかかる、と答えたそうだ。
物理系学科って何だ、ということになった。
周囲からは理科一類ならば納得するが理学部物理学科の人ができないとは思えない、という声もあがった。


だが、私はまったく違う点から興味を持った。これは1965年の結果(1962年の調査)である。つまり高度成長期に入るころの教育を受けてきたと考えられる。


このころ教育はごく一部の人間に独占されていたと理解している。


よほど有能な学生は教師に見出されて適切な教育をうける機会がなかったわけではないだろうがきわめて限られていただろう。また教わることがあっても、それは体系だったものではないであろう。現代の東京圏のように受験技術へのアクセスやそれを生業とする人々があったとは考えにくい。そのため、特定の家に生まれれば、ほぼ無条件で学歴が手に入ってたのだと。
平均の底上げと母集団の巨大化とは上層部の能力を飛躍的に増大させる。これが起きたのが教育への余裕がでてきた高度経済成長期と優秀な学生が予備校教師になる羽目になった全共闘だと考えている。そして、第二次ベビーブームあたりでピークをむかえ、少子化と学力が豊かな生活を保証しなくなったバブル崩壊によって少し質が落ちる、そういう印象を抱いていた。


この証拠になりうるのではないか、そういう考えだ。


こういうときは原本に当たるというのが鉄則だと思っている。
国立研究所紀要第46集「物理学の基礎的な考え方の理解の実情」という古い冊子ではあるが幸運にも大学図書館にいくつか所蔵されていた。

VII
(2)
平らな氷の面の上に質量490gの円板が滑っている。この円板と氷の面との間には僅かの摩擦力がはたらく(空気との摩擦は無視してよい)。このとき「この円板に実際に作用している力を列挙し、図に書きこめ」という問題に対して、P君は次のように答えた。このうち正しいものがあれば○を、間違っているものがあれば×を、それぞれ左の□の中に書きこめ。
□ア重力(W)
□イ抗力(N)
□ウ動力(M)
□エ慣性力(I)
□オ摩擦力(R)

(実際は図がついており、Mは円板の先頭から運動方向に、その他は重心から四方に伸びていた。)

20%が間違えたと嘆かれていた。逆にいうと、このレベルの問題が並べば80点になるということだろう。ただし、問題のタイプが珍しいので読み違えた人は多いのかもしれない。

IX
(1)一様にざらざらした斜面に、下図のように直方体状の物体(密度および接触面は均一)が斜面との間に働らく摩擦力によって、滑り落ちずに、静止している。この物体にはどんな力がはたらいているか。物体と斜面との間にはたらく摩擦力と、物体にはたらく重力とが図のように表されるとするとき、そのほかにこの物体にはたらく力があれば、下図のなかにかき入れよ。
(2)上のような場合に、この物体が斜面に直角に及ぼす圧力について、下のア〜エのなかから正しいと思われるものを選んで、それに○をつけよ。
ア 下側(A)の部分のほうに、上側(B)よりも大きな圧力がかかっている。
イ 上側(B)の部分のほうに、下側(A)よりも大きな圧力がかかっている。
ウ 物体の底の面にはたらく圧力は、上下によらず、一様である。
エ 斜面の角度によって異なるので、なんともいえない。
(3)上の物体が斜面に接している部分の下半分にろうをぬって、その部分にそってはたらく摩擦力をへらしたが、物体はすべりおちなかった。この場合、底の面に垂直に及ぼされる圧力は、どうなっているか。下のア〜エのなかから正しいと思われるものを選んで、それに○をつけよ。
ア 下側(A)の部分のほうに、上側(B)よりも大きな圧力がかかっている。
イ 上側(B)の部分のほうに、下側(A)よりも大きな圧力がかかっている。
ウ 物体の底の面にはたらく圧力は、上下によらず、一様である。

面にそった摩擦力の差が上と下とでどれだけ異なるかによって、それぞれにはたらく圧力の大きさも異なる。

図には斜面の上に直方体状の物体が置かれており、部分Aは斜面との接触面のうちの下側半分、部分Bは上側半分である。


これを全問解けたのが52人で一人だったそうだ。(2)、(3)だけでもそれぞれ二三人の正解にとどまった。


ただし、この問題は全部で13問あり、それを1時間で解いたそうだ。ひっかかるかもしれない、とは思う。少なくとも、物理学会誌の印象とはだいぶ違った感じはした。