手付金

X は当時大阪府所有の土地を Y から買う契約をし、手付金を Y に払った。Y は大阪府からその土地を買い取ったのち、手付倍返しによる解除を申し出たが、X は認めたくなかった。
民法557条1項によると手付倍返しによる解除は履行の着手以前でないとできない。
ここで問題になったのは、「Y の土地の購入は着手に当たるか、また、Y は解除できるか」である。
最高裁判決によると、この購入は着手に当たるが、これは X の履行ではないため Y からは解除できるとのことであった。


はじめ、手付をオプションとみなす考え方から、履行の着手が双方の契約取り消しを同時に不可能にしないと不公平だと感じた。つまり、私は手付の意味というのを以下のように考えている。一割の手付を払ったということは、一割値段が変動したとしてもその範囲ならばお互いに納得しましょう、ただしその範囲を超える場合は手付を賠償限度として契約破棄を許しましょう、ということだと。しかしながら、Y からのみ解除できると認められているこの判決では、土地が値上がりした場合は解除し、値下がりした場合は着手により解除を拒否できる。これは、履行の着手が一方からのみできる契約ではとりあえず一方的に着手しておくことで得をするということになり、手付けの意味をなさなくなる。よって、Y による履行の着手も Y からの解除を妨げると解するのが相当であろう。


これはこれで説得力の有る議論ではあると思うのだが、考え直した。
まず、歴史的に手付は買い手の方が小さく倒産しやすかったがために保証金を積む必要があったためにできた制度ではないだろうか。これは破産のことを考えなければ、金銭の移動に意味がないことによる。ただ、現在は買い手が小さいとは限らないのであまり意味を持たない。
それはともかく、この場合、売買なされている財物はある土地という特定物である。もちろん地価の公示価格は存在するが、ある土地の価値というのは使い方にも大きく因る。特に土地が広大である場合は買い手にとって代替がないことも大いにありえる。また、土地が投機目的に売買されるならともかく Y としてもより高い値段での第三者の買い手が現れるか、またその第三者が X からもその値段で買うかはまったく不明というしかない。つまり、土地の価値の変動は客観的なものではなく、XY 双方で相関はあるにしても連動はしないだろう。
一物一価の法則が成立し時間とともに変動するという発想は、オプションと捉えるために必要であるが、そもそもこれは自由市場の存在を暗に仮定している。この前提が覆っている土地の売買においては、手付を一種のオプションとみなす考え方はそぐわないのではないか。この場合、X の履行がないことから予め Y の裁量として X が与えていた選択の自由の範囲内として、Y からの解除を原則認めるべきである。


おそらく判例は損害補償限度を決めるものだと考えているのであり、これはそれなりにもっともである。