日吉

最近、たまに慶應の日吉キャンパスへ行く。そして、守衛室の前を通るたびに昔のことを思い出す。


あの日、慶應三田祭があると聞いた僕はすたすたと日吉キャンパスへと入っていった。
しかし何か違和感がある。なによりも妙に静かで閑散としている。
しばらくいくと「試験中。教室貸し出しのため、クラブ・サークル活動等による楽曲の演奏を禁ず」という看板が目に飛び込んできた。
道理で。ここで疑念は確信に変わった。僕は何かを勘違いしている。
三田祭は日吉では行われていなかったのだ。
日吉と矢上をあわせて三田と呼ぶのではなかったのだ。


駅に向かいながら、正門横にある守衛室のおじさんに聞くことに決めた。
「あの。三田祭はどこでやってますか。」
「三田キャンパスだよ。」
なるほど。明快な答えだ。


「どうやって行くんですか。」
そう聞くと、おじさんは見慣れた地図を持ち出した。東京路線図。
伊達に九年、電車通学しているわけじゃない。


「あそこを走っているのが東急東横線だ。」
そういって彼は大きく右を指す。僕はつられて指した先を見る。


僕が向き直るのを待ってから彼は地図の日吉を指す。
「今、ここ日吉にいて、」指がずずずっと線をなぞる。「終点で渋谷。」
僕はうなずく。彼は続ける。「山手線に乗り換えて田町で降りる。」
そういえば、都営三田線という路線があったことを思い出す。
そうか。三田は東京の地名なのだろう。


「地下鉄で行く方法もあるんだが、たぶん君にはむずかしいと思う。」


ありがとうございましたとお礼を述べて列車に乗ると、武蔵小杉で都営三田線直通の列車に乗り換え、三田で降りた。