世界の分裂

   Blanqui の夢

 宇宙の大は無限である。が、宇宙を造るものは六十幾つかの元素である。是等(これら)の元素の結合は如何に多数を極めたとしても、畢竟(ひっきょう)有限を脱することは出来ない。すると是等の元素から無限大の宇宙を造る為には、あらゆる結合を試みる外にも、その又あらゆる結合を無限に反覆して行かなければならぬ。して見れば我我の棲息(せいそく)する地球も、――是等の結合の一つたる地球も太陽系中の一惑星に限らず、無限に存在している筈(はず)である。この地球上のナポレオンはマレンゴオの戦に大勝を博した。が、茫々(ぼうぼう)たる大虚に浮んだ他の地球上のナポレオンは同じマレンゴオの戦に大敗を蒙(こうむ)っているかも知れない。……
 これは六十七歳のブランキの夢みた宇宙観である。議論の是非は問う所ではない。唯(ただ)ブランキは牢獄(ろうごく)の中にこう云う夢をペンにした時、あらゆる革命に絶望していた。このことだけは今日もなお何か我我の心の底へ滲(し)み渡る寂しさを蓄えている。夢は既に地上から去った。我我も慰めを求める為には何万億哩(マイル)の天上へ、――宇宙の夜に懸った第二の地球へ輝かしい夢を移さなければならぬ。

侏儒の言葉 芥川龍之介


教養学部時代、授業でガイガーカウンターを用いた簡単な実験をした。

簡単に概略を説明しよう。ガイガーカウンター放射線源をある距離において、スイッチを押すと一定時間内に検出された放射線がデジタルで表示され、その数を繰り返しメモする。すると、ガウシアン型のヒストグラムができ、そこから線源の密度やカウンターとの距離などからその線源の半減期が計算できる、というものだったと思う。

あまりにも単純作業で退屈であったために、我々(私と実験パートナー、彼も後に物理学科に進学したが)は、次に現れる数字を当てるという遊びに興じた。

さて、もしも、多世界解釈を取るならば、偶然にも数字をすべてあててとても幸せになった我々がどこか別の世界にいるであろう。そして、なぜか何度やっても同じ数字が出て、故障したのではないかと教官に相談した我々も別の世界にいるであろう。きっとあのとき我々はお互い、世界の分裂とともに陽に人生を分裂させたのだ。