観測問題周り
d.hatena.ne.jp/./odakin/20060309
とりあえず、走り書き。後で直す。
「1個の粒子の広がり」を論じる際に位置演算子を取らずに光子をあててみた観測がどうこうとしているのがおかしい。フーリエ基底をとることに絶対的な意味を見出しすぎている。
純粋状態と混合状態の混同があるきがする。
でも、ここ自信ない。
「量子力学的な状態は見る波長によって拡がりが違う」これはひそかに混合状態的で古典確率で説明ついちゃう気がするから実はそう悪くないかも。再考要す。
多世界から非局所隠れた変数理論を導出するには、起きうる事象に集合列でナンバリングすればよい。
コペンハーゲンから多世界へは埋め込めばいい。
コペンハーゲンからファインマンはよくある。
非局所が解釈として成立しているのはコペンハーゲンを導出できるから。
一発、射影演算を取ってから測定するのと、いきなり測定するのは、まったく意味が違う。たとえば、zに1/2の電子のx方向スピンとz方向スピンと。
unfinished
いずれにせよ、まだ若いので、若さだけが許す性急感はあります。
記号操作というのが思考というものの本質である。
局所的には単純で、十分に複雑な構造を持ちうるものは、
どこにも似たような構造が普遍的にあらわれる。
非線形部分方程式の類型
GAGA
「解析的な対象のなす圏」⇔「代数的な対象のなす圏」
数学をたとえとして使うことの是非。